旅の終わりレーゲンスブル

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午後、アウグスブルグからレーゲンスブルクへ出発した。

 

レーゲンスブルク

ミュンヘンから列車で1時間半程のドナウ河河畔の古都で、

旧市街地は世界遺産に登録されている。

 

まず同行者と分かれて各自ホテル探しを始めることにする。

が、今日は土曜日なので軒並み断られた。

仕方なく、一軒のホテルに、

「どこかホテルを紹介してくれないか」

と頼みに行ったところ、空いている部屋が一つあるという。

内見するとダブルベットの部屋だった。

同行者は友だが、男二人で寝る?

やだね、窮屈そうじゃないか、

と躊躇していると、

系列のホテルに空きがあるかどうか聞いてあげるというのでお願いした。

 

空きのあるホテルが見つかり、

そこへ行くためタクシーを呼んであげると云う。

一瞬?と思ったが、

ホテルは市街地の外れにあるのかぐらいに軽く想像して承諾した。

 

しかし、タクシーは市街地を出て田園風景の中を曲がりくねって進んで行き、

「何処まで行くのだろう」

と心配になった頃、

国道沿いのトラックターミナル近くのモーテルの前で停まった。

 

トラックターミナルでは、

ドライバーたちが

トラックの整備をしたり、

トラックの中で休んでいたり、

土曜の午後を思い思いに過ごしていた。

 

チェックインした後、

トラックターミナル併設のレトロな感じの食堂で

ジュークボックスから流れる音楽を聴きながら、

ビールと遅い昼食を取った。

 

そのあと、明日の朝に備え、

レーゲンスブルク行のバス乗り場を確認しに行った。

 

明日はこの旅は終わりだ。

朝は、レーゲンスブルク旧市街地を見学し、

午後からミュンヘンに行き中心街をぶらぶらして、

夜の飛行機に乗るという予定を立てた。

 

 

朝7時にホテルを出てバスに乗った。

国道をしばらく走ると右折して住宅街に入り、

程なくして街の中心街に着いてしまった。

昨日のタクシーは

モーテルに行くまでずいぶんと時間をかけた。

あの走りは何だったのだろう。

あのコースを走らなければならない交通規制があったのか、

それとも遠回りしたのだろうか、

 

まだ朝早かったので旧市街地に人影はない。

レンガ色の家並み、狭い石畳みの曲がりくねった道。

世界遺産に登録されるだけあって、中世の面影を色濃く残していた。

レーゲンスブルのドナウ河はプラハのとは違い、川幅が狭く流れが速かった。

 

10時からステンドグラスで有名な大聖堂のミサに参加した。

この聖歌隊は有名だそうだ。

讃美歌はドームの天井に反射し、まるで天使の歌声のように降ってくる。

その歌声には心を浄化させる働きがあるように感じた。

 

チュウリッヒ&アウグスブルグ 春の陽ざし 桜満開

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チュウリッヒ中央駅を降りると、

駅前にはリマト川が流れ、

その両岸には旧市街地が広がっていた。

 

川の左岸には、ホテル、土産物店、レストラン、カフェがあり、

陽は傾いていたが観光客でごった返していた。

右岸はオフィスビルが並び、その中にはスイス警察署もあった。

 

疲れが溜まっていたので

手っ取り早く駅近にホテルを取った。

荷物を置いて旧市街地をぶらぶらする。

 

暗くなって米の飯が食べたくなり

ホテルのそばの小さな中華レストランに入る。

炒飯とビールを頼んだ。

炒飯は大皿に盛られていて満腹になったし、美味しくて満足もした。

が、なんと二人で56.5€(7627円)。

スイスは物価が高いのか、その店が高かったのか、ぼられたのか。

 

次の日はチュウリッヒからどこの都市に行くか。

友人はフランクフルトを希望したが、

「小さな街でドイツの良さを味わうのも旅の醍醐味だろう」

と押し切って、

アウグスブルグに向かうことにした。

 

アウグスブルグは、ミュンヘンからICE特急で30分程の場所にある。

 

アウグスブルグは昔自転車旅で滞在したことがあり懐かしさもあった。

その時は慌ただしく滞在したので、

今度はマルテンルターの宗教和議の舞台となった

聖ウルリヒ&アフラ教会など

古都の良さをじっくりと見学したいと思ったからだ。

 

次の日は青天で気持ち良く、

ホテルの朝食を食べたらすぐ外へ飛び出した。

街の南にある聖ウルリヒ&アフラ教会から

シェッラー宮殿、市庁舎などを巡っていたら、公園にたどり着いた。

桜が満開で、春の温かい陽ざしを皆満喫していた。

 

朝市マルシェでは、野菜、果物、チーズ、ソーセージ、肉、パンなどを売っていた。

夫婦、恋人、親子連れが土曜の午前を楽しそうに満喫している姿が見られた。

 

 

 

 

 

リヨン、ジュネーブ経由でチュウリッヒ         車内検問事件簿

翌朝雨は止んでいた。

 

次はどこへ行くか?

ニースからジュノバ、ミラノへも魅力あるプランだし、

リヨンからジュネーブ、チュウリッヒ、フランクフルトもあり、

と迷った。

 

結局、ミラノは二人とも訪れたことがあるので、

取り敢えず今日の泊りは

リヨン、ジュネーブ経由でチュウリッヒ行きに決まった。

 

リヨンを経由してスイス領に入ると、

 

突然、

私服姿の屈強なスイス警察の三人の刑事が車両に現れた。

 

彼らは順番に警察手帳を見せて、検問を始めた.

一人が私にパスポートの提示を求め、簡単な質問をした。

「どこの国から? 」

「ビジネス?」

そして、私に耳元で、

「パスポート提示は意図はない。儀礼的なものだから」

と云うようなことを言った。

 

まもなく、

私が座っている席の3列後ろから激しい口論が聞こえた。

一人の男が激昂しているが、

何でもめてるのか全くわからない。

2,3分続いたであろうか、

刑事3人が容疑者らしき男を取り囲み、

他の車両に連れて行った。

 

やがて彼らと容疑者らしき男が戻ってきた。

彼らの一人が容疑者らしき男に握手を求め、

そして3人は出て行った。

容疑者と間違えられた男は

何事もなかったかのように席に座り、

次の駅で降りていった。

特別に変わったところのない、

何処にでもいるような男で

激昂する姿は想像できなかった。

 

しかし、

一番不思議に思ったのは、

他の乗客がまったく反応を示さなかったことだ。

背を向けている乗客は後ろを振り向かず、

正面を向いている客は視線を変えもしない。

皆、まるで何も起きていないような顔の表情だった。

 

「犯罪と政治と宗教の問題には近寄らない」

国々や民族や宗教が重なり合って存在する欧米人の身の処し方

なのだろうか。

フランス犯罪映画フィルム・ノワールの舞台だったマルセイユ

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      マルセイユ・サン・シャルル駅

 

パリ市内のリヨン駅を午前9時過ぎに出発した。

このリヨン駅はパリから南東方面に向かうTGVの発着駅である。

約3時間20分後、13時過ぎにマルセイユ・サン・シャルル駅に到着した。

 

今にも雨が降りそうな天気。

高台にある駅のテラスから街全体が見渡せる。

遠くの小高い丘にノートルダム・ド・ラ・ギャルド・バジリカ聖堂が見えた。

 

様々な人種の人がいる。

今まで滞在した都市とは異質な、エキゾチックで猥雑な雰囲気を感じた。

若い頃観た「フランス悪徳退廃的犯罪映画・フィルム・ノワール

の舞台だったことを思い出す。

 

まずホテルの確保だ。

あらかじめ目を付けていた旧港の前のホテルへ10分歩いて直行する。

旧港はヨットハーバーになっていて、港町というよりリゾート地の雰囲気だ。

 

すぐ荷物を置いて食事に出る。

周辺をウロウロしている途中に雨が降り出したので海岸沿いのアーケードに入る。

海鮮が目玉の小さなレストランが軒を連ねている。

その中のムール貝の定食の看板が目に留まった一軒に入る。

店の通路を隔てた海岸寄りがオープンカフェになっていてビニールで囲ってある。

雨足は強くなりビニールを激しく叩いている。

が、私たちは性懲りもなく寒さに震えながらタコや貝を肴にビールを飲んだ。

 

雨の中、市街地を散策する。

帰り際スーパーに寄りビールと赤ワインとつまみを買う。

13ユーロ(1755円)だったが本当に美味かった。

翌日ワインの飲み残しをバックに入れ、

乗り換えるスイスのジュネーブ駅裏の階段に腰かけて、

紙コップで飲み干した。

このせいでジュネーブからチュウリッヒへ行く列車では二人とも眠りこけてしまった。

 

 

 

 

パリの顔半分

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       凱旋門からコンコルド広場までシャンゼリゼ通りを歩く 

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                    ルーブル美術館

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     ノートルダム大聖堂 1163年着工、完成が14世紀初頭という

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    ひと際高いビルがモンパルナスタワー  210m 1972年完成        

    

 

モンパルナス周辺は20世紀初頭、

世界中の芸術家が集まった地域、

エコールドパリの画家達や文人の溜まり場だったそうだ。

 

肌寒い中、オープンカフェ

道行く人を眺めながらビールを飲む。

 

今回のパリは、セーヌ左岸13区のホテルに宿泊したので、

左岸及びセーヌ沿いしか観光しなかった。

 

移民が多い右岸には行かなかった。

パリの顔の半分しか見なかった旅だった。

 

 

 

 

 

二日目のパリ

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パリの二日目、

朝早くホテルを出て通勤客に紛れ、

メトロ4号線ポルトドルレアン駅から

路面電車トラムに乗る。

ポンデュカルクリア駅で高速郊外鉄道RER5号線に乗り換え、

パリ中心部から20㎞離れた終点ヴェルサイユ・シャトウ・リブ・ゴーシュ駅で降りた。

 

 ヴェルサイユ宮殿がある。

何もない広大不毛な土地を大改造し、セーヌ川をも変え、贅の限りを尽くして建てた宮殿と言われている。

造営するには、人民の多大な税金や労役が必要であり、このことでフランス革命が起きたという説もある。

 

どんな歴史や歴史建造物でも、それを陰で支えた民衆や歴史的由来があり、そこへ想像力を及ぼさない限り、片手落ちの観光になるのだろう。

 

昨日の雨は止み、今日は風が冷たく肌寒い日だが、

たくさんの観光客が訪れている。

三人組の迷彩服を着た兵士が自動小銃を抱えてパトロールしている。

誰も目に留めない。

パリでは当たり前の光景なのだろう。

ヴェルサイユエッフェル塔

セキュリティチェックがあり、他の都市より厳しかった。

 

 




 

 
 
 
 

 

 

モンマルトルの丘

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                  (モンマルトルの丘)

 

モンマルトルの丘は坂の多い下町。

十数年前、巴里らしいシャンソンが聴きたくて、

夜の9時にモンマルトルの一角にある、

シャンソン酒場「オ・ラパン・アジル」へ行った。

 

四角い部屋にステージはなく、数名の歌い手が順に歌う。

アコーディオン奏者が巴里の香りを醸しだす。

 

一緒に歌ったり、演奏を聴いたり、

リズムに合わせて体をスイングさせる

コの字型に座った客は、

日本の静かに聴き入るシャンソニェの客とは違う。

 

昔売れない画家たちの溜まり場だったという

 

今は観光客用のショーステージだが、

歌い上げる歌手たちと明るく賑やかに歌う客

いよいよ佳境に入って盛り上がる中、

地下鉄の終電を気にして、

12時過ぎの暗いモンマルトルの坂を下った

 

 

シャンソンの祭典、パリ祭

主催者石井好子さんは87歳で亡くなった。

 

晩年に出したアルバムで17曲を歌っている。

その一曲

 

「私は 私」

 

わたしは わたし

ほかの誰とも 同じではない

 

わたしは 思うまま

自然に 気儘に 

自分の人生を 生きてきた

 

それが 正しかったか  どうか

 

でも 歩いてきた道を 

変えることは できない

 

唄い続けた シャンソン

捨てることはできない

、、、

心の成熟と 声の成熟

心の老いと 声の老い

彼女の晩年の醸し出す魅力に打たれる。